【ご相談】「遺贈する不動産を生前売却したら、その売却代金は遺贈の対象になるか?」
先日、堺市内の60代女性のお客様から、相続の事前対策についてご相談をいただきました。1時間の予定で来所いただきましたが、論点が深く、結果として2時間ゆっくりお話を伺うことになりました。
ご相談内容の核は、次の論点でした。
「公正証書遺言で、所有する特定の不動産を特定の人に遺贈する旨を記載している。ただし、自分自身の事情で、その不動産を生前に売却する予定がある。売却した後の代金は、自分が亡くなったときに遺贈の対象になるのか、それとも通常の相続財産として法定相続人が引き継ぐのか。」
加えて、その不動産は古くから保有しているため取得価額の証憑が見つからず、生前売却時の譲渡所得税の計算をどうすべきかという論点もありました。
本記事ではこの2つの論点を、民法・所得税法の両面から解説します。
ご相談内容の核は、次の論点でした。
「公正証書遺言で、所有する特定の不動産を特定の人に遺贈する旨を記載している。ただし、自分自身の事情で、その不動産を生前に売却する予定がある。売却した後の代金は、自分が亡くなったときに遺贈の対象になるのか、それとも通常の相続財産として法定相続人が引き継ぐのか。」
加えて、その不動産は古くから保有しているため取得価額の証憑が見つからず、生前売却時の譲渡所得税の計算をどうすべきかという論点もありました。
本記事ではこの2つの論点を、民法・所得税法の両面から解説します。
民法第1023条「遺言の撤回擬制」が決め手
この論点を解く鍵は、民法第1023条です。条文は2項に分かれており、本件で重要なのは第2項です。
第1項:前の遺言と後の遺言が抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
第2項:前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
第2項の意味するところは、遺言を作った後、遺言者本人が遺言と矛盾する生前の処分(売却・贈与・名義変更等)をした場合、その部分については遺言を撤回したものとみなす、というルールです。
条文の趣旨は、遺言者本人の最終意思を尊重することにあります。「遺言には残してあるけれど、結局自分で売ってしまった」という行為自体に、「もうこの物件を遺贈する意思は撤回した」という意思表示が含まれている、と法律が判断しているのです。
第1項:前の遺言と後の遺言が抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
第2項:前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
第2項の意味するところは、遺言を作った後、遺言者本人が遺言と矛盾する生前の処分(売却・贈与・名義変更等)をした場合、その部分については遺言を撤回したものとみなす、というルールです。
条文の趣旨は、遺言者本人の最終意思を尊重することにあります。「遺言には残してあるけれど、結局自分で売ってしまった」という行為自体に、「もうこの物件を遺贈する意思は撤回した」という意思表示が含まれている、と法律が判断しているのです。
特定物遺贈の場合:原則「遺贈失効、売却代金は通常の相続財産」
今回のご相談のような「特定物遺贈」、つまり「○○市○○町の不動産をAに遺贈する」というように特定の物を指定した遺贈の場合、考え方は次のとおりです。
・遺言作成 → 不動産を生前売却 → 民法1023条2項により、その部分の遺言は撤回擬制
・受遺者Aは、遺贈の権利を失う(原則として何も受け取れない)
・売却代金は、遺贈の対象とならず、相続発生時に通常の相続財産として法定相続人全員が承継する
つまり、せっかく遺言で「Aに渡したい」と書いていても、生前売却した時点でその意思は法律上撤回され、売却代金はAではなく法定相続人(配偶者・子等)に分散して承継される、という結果になります。
これがご相談者がご心配されていた最大の論点でした。
・遺言作成 → 不動産を生前売却 → 民法1023条2項により、その部分の遺言は撤回擬制
・受遺者Aは、遺贈の権利を失う(原則として何も受け取れない)
・売却代金は、遺贈の対象とならず、相続発生時に通常の相続財産として法定相続人全員が承継する
つまり、せっかく遺言で「Aに渡したい」と書いていても、生前売却した時点でその意思は法律上撤回され、売却代金はAではなく法定相続人(配偶者・子等)に分散して承継される、という結果になります。
これがご相談者がご心配されていた最大の論点でした。
包括遺贈の場合:割合で計算されるため売却の影響は限定的
比較のため、特定物遺贈ではない「包括遺贈」の場合も整理しておきます。
包括遺贈とは、「全財産の3分の1をAに遺贈する」「相続財産全体の50%をBに遺贈する」というように、割合で指定する遺贈方式です。
包括遺贈の場合、遺贈の対象は「相続発生時点の全財産の○割」ですので、特定の不動産が売却されていても、その売却代金は相続財産に含まれた状態で全体の割合計算が行われます。受遺者の権利は影響を受けにくい構造です。
ただし、包括遺贈は受遺者が相続人と同等の権利義務を持つため、債務承継や遺留分との調整など、別途の論点が発生します。
包括遺贈とは、「全財産の3分の1をAに遺贈する」「相続財産全体の50%をBに遺贈する」というように、割合で指定する遺贈方式です。
包括遺贈の場合、遺贈の対象は「相続発生時点の全財産の○割」ですので、特定の不動産が売却されていても、その売却代金は相続財産に含まれた状態で全体の割合計算が行われます。受遺者の権利は影響を受けにくい構造です。
ただし、包括遺贈は受遺者が相続人と同等の権利義務を持つため、債務承継や遺留分との調整など、別途の論点が発生します。
例外:「換価金を遺贈する」等の清算型遺贈の文言がある場合
特定物遺贈であっても、遺言の文言次第では生前売却の影響を受けない設計が可能です。
遺言で「○○の不動産を遺言執行者が売却し、その換価代金をAに遺贈する」というように、最初から「換価金(売却代金)を遺贈する」と明記してある「清算型遺贈」の形式であれば、売却が前提となっているため、遺贈は失効せず、売却代金がAに渡る扱いになります。
ただし清算型遺贈には、社会福祉法人など公益法人を受遺者とする場合の所得税(みなし譲渡所得税)の論点や、租税特別措置法第40条の特例適用などの専門論点があります。詳しくは 社会福祉法人へ不動産を遺贈したい で解説しています。
「特定の不動産を渡したい」のか「不動産の価値(金額)を渡したい」のか、遺言者の真意によって遺言の文言設計が変わるため、遺言作成時の専門家関与が重要です。
遺言で「○○の不動産を遺言執行者が売却し、その換価代金をAに遺贈する」というように、最初から「換価金(売却代金)を遺贈する」と明記してある「清算型遺贈」の形式であれば、売却が前提となっているため、遺贈は失効せず、売却代金がAに渡る扱いになります。
ただし清算型遺贈には、社会福祉法人など公益法人を受遺者とする場合の所得税(みなし譲渡所得税)の論点や、租税特別措置法第40条の特例適用などの専門論点があります。詳しくは 社会福祉法人へ不動産を遺贈したい で解説しています。
「特定の不動産を渡したい」のか「不動産の価値(金額)を渡したい」のか、遺言者の真意によって遺言の文言設計が変わるため、遺言作成時の専門家関与が重要です。
受遺者の権利は保護されるか? — 紛争予防の観点
撤回擬制が働いた場合、受遺者には原則として権利は残りません。「Aに残すつもりだった」という遺言者の意思があっても、生前売却という行為自体が法律上の撤回意思と評価されてしまいます。
ただし、相続発生後に受遺者側から「遺言者は不動産そのものではなく、相当の価値を私に残す意思だったのではないか」と主張し、紛争に発展するケースも実務上はあります。
紛争予防のためにも、生前売却を行う際は次の点を徹底することが望ましいです。
・受遺者本人への事前説明(遺言の内容変更を伴うことの告知)
・遺言の書き換え(公正証書遺言なら公証役場で書き換え/自筆証書遺言なら新たに作成)
・遺言執行者への通知(執行者を指定している場合)
「黙って売却してしまうと、後で家族関係に大きな禍根を残す」というのが、実務で繰り返し見られるパターンです。
ただし、相続発生後に受遺者側から「遺言者は不動産そのものではなく、相当の価値を私に残す意思だったのではないか」と主張し、紛争に発展するケースも実務上はあります。
紛争予防のためにも、生前売却を行う際は次の点を徹底することが望ましいです。
・受遺者本人への事前説明(遺言の内容変更を伴うことの告知)
・遺言の書き換え(公正証書遺言なら公証役場で書き換え/自筆証書遺言なら新たに作成)
・遺言執行者への通知(執行者を指定している場合)
「黙って売却してしまうと、後で家族関係に大きな禍根を残す」というのが、実務で繰り返し見られるパターンです。
実務上の対応 — 生前売却前にすべき3つのこと
遺言に記載した不動産を生前売却する際の、実務上のチェックリストです。
①遺言全文の再確認
売却する不動産が、遺言中の他の条項(残余財産の遺贈条項・遺言執行者の権限条項等)に影響しないか確認します。「不動産Xを売却したら、残余財産の構成が大きく変わり、別の遺贈条項にも影響する」というケースがあります。
②受遺者・家族への事前説明
遺贈する旨を伝えていた受遺者がいる場合、その方への説明を先に行います。事後発覚は感情的なトラブルの最大要因です。
③遺言の書き換え or 撤回
新しい遺言を作成し、売却済みの不動産に関する遺贈条項を撤回・修正します。公正証書遺言なら公証役場で再作成、自筆証書遺言なら新たに自筆遺言を作成すれば、後の遺言で前の遺言を撤回できます(民法1023条第1項)。
この3ステップを踏むだけで、生前売却に伴う相続トラブルのリスクは大きく下げられます。
①遺言全文の再確認
売却する不動産が、遺言中の他の条項(残余財産の遺贈条項・遺言執行者の権限条項等)に影響しないか確認します。「不動産Xを売却したら、残余財産の構成が大きく変わり、別の遺贈条項にも影響する」というケースがあります。
②受遺者・家族への事前説明
遺贈する旨を伝えていた受遺者がいる場合、その方への説明を先に行います。事後発覚は感情的なトラブルの最大要因です。
③遺言の書き換え or 撤回
新しい遺言を作成し、売却済みの不動産に関する遺贈条項を撤回・修正します。公正証書遺言なら公証役場で再作成、自筆証書遺言なら新たに自筆遺言を作成すれば、後の遺言で前の遺言を撤回できます(民法1023条第1項)。
この3ステップを踏むだけで、生前売却に伴う相続トラブルのリスクは大きく下げられます。
もう一つの論点 — 取得価額が不明な場合の譲渡所得税と市街地指数
今回のご相談では、もう一つ重要な論点がありました。生前売却を実行する場合の譲渡所得税の計算です。
ご相談者の不動産は古くから保有されており、購入時の売買契約書・領収書が見つかりませんでした。このような取得価額不明のケースでは、概算取得費(売却額の5%)で計算するのが原則ですが、これでは譲渡所得が膨らみ税負担が極めて重くなります。
実務上の代替手段として、国税庁が公表している「市街地価格指数」を用いた取得価額の合理的推計が認められる場合があります。購入時期と購入時の市街地指数、売却時の市街地指数の比率を用いて、実額に近い取得価額を逆算する方法です。
ただし、この手法は適用可否が個別事情に左右されるため、根拠資料の精査と計算過程の説明可能性の担保が必須です。詳しくは 取得価額が不明な不動産売却 — 市街地指数を活用した申告の考え方 でも解説しています。
ご相談者には、生前売却を実行する場合の譲渡所得税の見込額シミュレーションと、市街地指数を用いた取得価額推計の可否を併せてご提案しました。
ご相談者の不動産は古くから保有されており、購入時の売買契約書・領収書が見つかりませんでした。このような取得価額不明のケースでは、概算取得費(売却額の5%)で計算するのが原則ですが、これでは譲渡所得が膨らみ税負担が極めて重くなります。
実務上の代替手段として、国税庁が公表している「市街地価格指数」を用いた取得価額の合理的推計が認められる場合があります。購入時期と購入時の市街地指数、売却時の市街地指数の比率を用いて、実額に近い取得価額を逆算する方法です。
ただし、この手法は適用可否が個別事情に左右されるため、根拠資料の精査と計算過程の説明可能性の担保が必須です。詳しくは 取得価額が不明な不動産売却 — 市街地指数を活用した申告の考え方 でも解説しています。
ご相談者には、生前売却を実行する場合の譲渡所得税の見込額シミュレーションと、市街地指数を用いた取得価額推計の可否を併せてご提案しました。
周辺論点 — 遺留分・登録免許税・不動産取得税
遺言と遺贈に関連する周辺論点も併せて確認しておきます。
遺留分との関係
法定相続人(配偶者・子・直系尊属)には、遺言の内容にかかわらず最低限の相続分(遺留分)が保障されています。特定の人への遺贈が他の相続人の遺留分を侵害している場合、遺留分侵害額請求の対象となります。生前売却で遺贈が失効すれば遺留分問題は解消されますが、遺言内容次第では別の遺贈条項で遺留分侵害が残る可能性もあります。
登録免許税の違い
相続人への所有権移転登記は不動産価格の0.4%、相続人以外への遺贈は2.0%(5倍)。受遺者が誰かで税負担が大きく変わります。
不動産取得税の違い
相続による取得は非課税、相続人以外への遺贈は3〜4%課税。これも受遺者の続柄によります。
詳しくは 門真市の事前相続対策事例 で具体的に取り上げています。
遺留分との関係
法定相続人(配偶者・子・直系尊属)には、遺言の内容にかかわらず最低限の相続分(遺留分)が保障されています。特定の人への遺贈が他の相続人の遺留分を侵害している場合、遺留分侵害額請求の対象となります。生前売却で遺贈が失効すれば遺留分問題は解消されますが、遺言内容次第では別の遺贈条項で遺留分侵害が残る可能性もあります。
登録免許税の違い
相続人への所有権移転登記は不動産価格の0.4%、相続人以外への遺贈は2.0%(5倍)。受遺者が誰かで税負担が大きく変わります。
不動産取得税の違い
相続による取得は非課税、相続人以外への遺贈は3〜4%課税。これも受遺者の続柄によります。
詳しくは 門真市の事前相続対策事例 で具体的に取り上げています。
まとめ|遺言の生前見直しは相続対策の柱
遺言は「一度作って終わり」ではなく、ライフイベント・財産構成の変化に合わせて見直すことが、本来あるべき形です。
特に、遺言で指定した特定の財産を生前に処分する場合は、民法1023条の撤回擬制が働き、結果として「遺言者の真意」と「法的効果」がずれてしまうリスクがあります。生前売却・贈与・名義変更を検討する際は、必ず遺言の見直しと併せて検討してください。
当事務所では、堺市・大阪市を中心に、遺言の作成・見直し・遺贈と譲渡所得税の組み合わせ判定など、相続の事前対策を多角的にサポートしております。今回のご相談者のように、1時間の予定が2時間になることもありますが、論点が複雑な相続案件こそ、じっくりお時間を取ってお話を伺うことが結果的にトラブル予防につながります。
相続税の事前対策 ・ 事例紹介 ・ お問い合わせ よりお気軽にご相談ください。
特に、遺言で指定した特定の財産を生前に処分する場合は、民法1023条の撤回擬制が働き、結果として「遺言者の真意」と「法的効果」がずれてしまうリスクがあります。生前売却・贈与・名義変更を検討する際は、必ず遺言の見直しと併せて検討してください。
当事務所では、堺市・大阪市を中心に、遺言の作成・見直し・遺贈と譲渡所得税の組み合わせ判定など、相続の事前対策を多角的にサポートしております。今回のご相談者のように、1時間の予定が2時間になることもありますが、論点が複雑な相続案件こそ、じっくりお時間を取ってお話を伺うことが結果的にトラブル予防につながります。
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